「もっと難しい問題をやらないと力がつかない。」

高校生の生徒さんから、よくこんな言葉を聞きます。
しかし、模試や過去問の答案を一緒に見ていくと、実際に落としているのは

  • 中学レベルの数式の変形
  • 教科書レベルの定理の使い方
  • 単純だけれど計算量が多い処理

といった「基礎的な部分」であることがとても多いです。

つまり、

「難しい問題が解けないから点が取れない」

のではなく、

「基礎的な処理をいくつも連続して行うときの成功率が足りない」

これが、成績が伸び悩む大きな原因の一つになっています。

今回の記事では、

  • 受験数学の本質は、難問テクニックではなく 「複合処理の成功率」 であること
  • 「基礎の徹底は地味だが、実はいちばんコスパの良い勉強の一つである」 こと

この2点についてお話しします。
「自分はどこで点を落としているのか?」を、感覚ではなく 「成功率」 という観点から見直すきっかけになれば幸いです。


↓この記事の内容を、ポッドキャスト風の音声にまとめました(約5分半)。移動中にどうぞ。↓

入試問題の裏側は「基礎の連結」

入試の問題を分解してみると、どれも次のようなステップのつながりになっています。

  • 問題文の条件を整理して、式や図に落とし込む
  • どの公式・定理・定石を使うかを選ぶ
  • 選んだものに、数値や文字を正しく代入する
  • そこから出てきた式を変形・計算する
  • 必要なら、場合分けや定義域のチェックをする
  • 最後に、答えが条件に合っているかを確認する

このひとつひとつは、「教科書レベルの基礎事項」です。
例えば、

  • 中学までに学ぶ分配法則・因数分解・移項などの数式変形
  • 三角比・余弦定理・三角関数の基本公式
  • 接線なら「微分して傾きを出す」「判別式で接する条件を立てる」といった定石
  • 絶対値を含む式の処理や、場合分けの型

といったものです。

多くの受験生は、これらを「分かってはいる」つもりなのですが、
実際のテストで 5個・6個と連続させて使ったときの成功率 まで意識している人は、あまり多くありません。


具体例として、九州大学を目指していたある生徒の話を紹介します。

その生徒は、数学Ⅱの「図形と方程式」のある問題でつまずいていました。
問題の解法方針(点と直線の距離の公式を使って解く)はだいたい合っているのに、次のようなところでよく間違えていました。

  • 「点と直線の距離」の公式がすぐに出てこない
  • 公式は思い出せても、そのあとに出てくる「絶対値の計算」でミスをする

つまり、

  • 難しい発想の部分ではなく、途中の 基礎的なステップの成功率 が低いせいで、
  • 本来は取れるはずの問題を落としてしまっていた

という状態でした。

そこで指導方針を変えて、

  • 点と直線の距離の公式を覚えること
  • 絶対値を含む式の処理の仕方に習熟すること

などを、教科書〜標準レベルの問題で集中的にトレーニングする期間を取りました。
難問の量を増やすのではなく、

「基礎的な部分だけを切り出して、ほぼノーミスで回せるようにする」

ことを狙った練習です。

その練習を続けた結果、

  • 点と直線の距離の公式を使う問題の基礎部分でつまずくことがほぼなくなり、
  • 難しい問題でも「どんな方針で解くか」という本質的な思考に集中できるようになり、
  • 該当する模試の分野の点数も安定して伸びていきました。

ここからは、基礎的事項の成功率について数理的に考えてみます。
「ちょっと話が難しいな」と感じた方は、グラフと数字と太字 だけ眺めてもらえれば大丈夫です。

1つの基礎処理が成功する確率を\(p\)とします。
それを \(n\)回連続で行う必要がある問題なら、最後まで全部うまくいく確率は、おおまかに\(p^{\, n}\)で表せます。

基礎成功率と問題の正答率の関係

まずは「基礎成功率 \(p\)」と「ステップ数 \(n\)」に対する正答率を見てみましょう。
ここで「ステップ数」とは、その問題を完答するまでに必要な手順の回数です。

例として、\(p\) = 80%・90%・97% の3パターン、
ステップ数 \(n\) = 1・3・5 の場合を考えます。

基礎成功率 \(p\)1ステップ問題3ステップ問題5ステップ問題
80%80.0%51.2%32.8%
90%90.0%72.9%59.0%
97%97.0%91.3%85.9%

上の表を見やすくしたのが以下のグラフです。棒の色が基礎成功率棒の高さがその問題を完答するための確率(正答率)を表しています(同じ縦スケールで比較できます)。

基礎成功率とステップ数に対する正答率(%)
基礎成功率 80%
基礎成功率 90%
基礎成功率 97%
1ステップ問題
80.0%
90.0%
97.0%
80%
90%
97%
3ステップ問題
51.2%
72.9%
91.3%
80%
90%
97%
5ステップ問題
32.8%
59.0%
85.9%
80%
90%
97%

※破線は「正答率60%ライン」と「80%ライン」の目安です。

特に 5ステップ問題 に注目してみてください。

  • \(p\) = 0.90 のとき、正答率は 0.90⁵ ≒ 59%:つまり1ステップの成功率が90%の時は、完答する確率は59%
  • \(p\) = 0.97 のとき、正答率は 0.97⁵ ≒ 86%:つまり1ステップの成功率が97%の時は、完答する確率は86%

「各ステップの成功率が 90% と 97%」というわずか 7% の差が、
最終的には 「6割を切る」のか「8割半ばまで取れるのか」 という大きな違いになります。

つまり、

「基礎は9割くらいできているので大丈夫です」は
「5ステップ必要な問題の正答率は6割弱でもOKです」と同じ

ということになります。

ステップ数はどのように増えるのか

ここでいう「ステップ」は、単に計算の回数だけを指しているわけではありません。

例えば、1つの問題の中には次のような「ステップ」があります。

  • 問題文を正しく理解する
  • 条件を式に直す
  • 図を描く
  • 適切な定理を選ぶ
  • 定理に代入する
  • 式を変形する
  • 場合分けをする
  • 最後の答えをチェックする

このような「どこか1つ失敗したら、その時点で不正解確定」という処理を、ここでは 1ステップ と扱っています。

難関大の問題ほど、

  • 条件の読み替えや、定義域の確認
  • 場合分けの分岐
  • グラフの形のイメージ

など、こうしたステップの数がどんどん増えていきます。

つまり、

  • 中堅レベルの問題:3〜4ステップ程度
  • 難関大レベルの問題:5〜7ステップ、場合によってはそれ以上

と考えると、基礎成功率 \(p\) が 90% のままでは、どうしても不利になることが分かると思います。

実際の試験の点数とのつながり

この成功率の感覚を、模試や本番の試験の点数のイメージと結びつけてみましょう。

「志望大学に受かるためにはぜひこの問題を完答したい」という、いわゆる「落とせない問題」を解くときに…

  • 教科書レベルの基礎成功率が 80% 程度
    → ステップ数の多い問題では崩壊しやすく、本番で 6割を安定して取るのは難しい
  • 基礎成功率が 90% 程度
    → 一見「けっこうできている」ように感じますが、
    5ステップ問題で6割を切ることを考えると、7割台の壁で止まりやすい
  • 基礎成功率が 95〜97%
    → 5ステップ問題でも 8〜9割の正答率が期待できる ので、
    安定して高得点帯(8〜9割)を狙う土台がある

「どの大学を目指すか」によって必要なラインは変わりますが、
少なくとも 共通テストや中堅国公立レベルなら 90% 超え、難関大なら 95〜97% を狙いたい、というのが私の感覚です。


ここからは、「で、実際にどう勉強すればいいの?」という話です。
考え方だけでなく、具体的なメニューも紹介しましょう。

① 毎日15分の「教科書レベル」ドリル

まず一番のおすすめは、毎日15分だけの基礎ドリルです。

  • 教科書の例題レベル〜標準レベルの問題集を1冊決める
  • 毎日15分だけ 取り組む(通塾前後や寝る前でもOK)
  • 同じ問題を何度解いても構わない
  • 必ず時間を測り、タイムアタック のように行う

ポイントは、

  • 新しい難問に挑戦する場ではなく、
  • 「一度できたはずの基礎」を ほぼノーミス・短時間で再現する場 として使うことです。

例えば、

  • 月〜金:その日の授業・自習で扱った単元の基礎問題を中心に
  • 土日:苦手分野だけに絞って総復習

といった形で回していくと、

「一度は理解した」はずの内容が、
「いつでも高い成功率で使える」状態へと少しずつ変わっていきます。

② 各分野に週1回は触れる

数ⅠAⅡBⅢC を習い終えたあとで大事なのは、

どの分野も「週1回は必ず触る」

というルールです。

イメージとしては、曜日ごとに触れる分野を決めて、5分でも良いのでその分野の基礎的な問題を解く感じです。

スポーツにたとえると、「試合で使う技だけを磨く」のではなく、

  • 走り込み
  • 体幹トレーニング
  • フォームの確認

といった基礎トレーニングを続けるイメージです。

数学でも同じように、

  • 一度仕上げた単元も、完全放置にしない
  • 定期的に触れることで、基礎成功率の自然減衰を防ぐ

という意識が大切です。

③ 難関大志望なら、この2つは外さない

「共通テストも二次もあって、とにかく時間が足りない」という難関大志望の生徒には、最低限次の2つを意識してもらっています。

1. 共通テストの練習をきちんとやる

共通テストの問題は、

  • 基礎事項がしっかり身についているか
  • それを制限時間内に処理できるか

をチェックするのに非常に適しています。

共通テスト対策そのものが、

「基礎成功率」と「処理スピード」を同時に鍛えるトレーニング

として機能するので、一石二鳥ですね。

2. 難問演習を「読むだけ」で終わらせない

難問の解説を読んで、

  • 「ふーん、こういう発想をするのか」
  • 「この解き方は理解したからOK」

で終わらせてしまうのは、非常にもったいないです。

  • 解説を読み、理解したあとに、
  • 必ず 自分の手で、解答を最初から最後まで書き切る

ここまでやって初めて、

  • その難問の中に含まれていた「基礎ステップ」も、
  • 自分の身体感覚として習得されていきます。

これにより、

  • 「難問の発想」+「高い基礎成功率」

という二つの軸を同時に伸ばしていくことができます。


最後に、生徒さん・保護者の方ごとにメッセージをまとめます。

生徒さんへ(中学生・高校生)

  • 「基礎はだいたいできている」ではなく、
    「自分の基礎成功率は何%くらいか?」 を意識してみてください。
  • 教科書レベルの問題を、ほぼ100%で取れるようにする練習 は、遠回りどころか一番の近道です。
  • 難しい問題が解けないからといって自分を責める前に、
    「その前に並んでいる基礎ステップの成功率」をチェックしてみてください。

保護者の方へ

  • 「難しい問題が解けたかどうか」だけでなく、
    基礎的な問題をどれくらいの成功率で解けているか にも、ぜひ目を向けてみてください。
  • 教科書レベルの問題であっても、
    それを ほぼ完璧に解けているなら、それは大きく褒めてよい実力 です。

その積み重ねが、
高校・大学受験、そしてその先の学びの土台になっていきます。


最後にもう一度、この記事のエッセンスを一行でまとめると、

受験数学の本質は「複合処理の成功率」であり、 基礎の徹底こそが最もコスパの良い勉強法の一つである。

ということです。

ここから先は、ぜひあなた自身の勉強に照らし合わせながら、

「自分の基礎成功率を上げるには、明日から何を変えられそうか?」

を考えてみてください。